ルクルーゼのココット・ロンド

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欲しいな〜でも高いしな〜とずっと迷っていたけれど、誕生日なので勢いで購入いたしました。グラデーションのかかっている色合いがとてもきれいで、うっとりしてしまう。色は迷ったけれど、料理もおいしそうに見えて、台所もあかるくみえるかな?と思い赤色を選んだ。茶色もいいなあと思ったけど、うちの台所では暗く沈んでしまうかもしれないし。
でも説明書の注意書きが多い!
とにかく弱火・弱火!らしい。ホウロウ鍋の使い方はよく分からないので、慣れるまで慎重に扱おう。
さっそく煮込み料理とかオーブン料理とかに挑戦したいところだけど、とりあえずお米を炊いてみようかなあ。土鍋とも圧力鍋ともちがうっぽい。味も変わるのかしらん。

お片づけ&収納

 暇を見つけては、モノの大処分を敢行している。
 なんでこんなに出てくるの〜?というくらい、大量のいらないモノがでてくる。役目を終えてしまったモノに何年も場所を与えていたのかと思うと、狭い家に住んでいるのにアホらしくなってくる。ホコリもすごくて、ホコリ・アレルギーをぶりかえし、くしゃみ・鼻水に悩まされながらの掃除になる。一日アレルギー気味になってサイテーだけど、家のなかが(多少は)すっきりしたかと思うと気分はよい。
 ついでに収納の仕方なども、発想をかえてみることにしている。
 たとえば、これまで普通に鉛筆立てにペンやらハサミやらを立てて入れていたけれど、卓上の小物用の収納ケースと筆箱に入る分だけを残して、使わないペンも鉛筆立ても処分した。
 こんな調子で、キッチンの収納棚の中身も処分&配置がえ。普段あまり使わないのに場所をどーんととっているモノを処分&配置替え。そこにあるのがジャマだった、ということに自分自身が気付かないといけないのだな、と痛感してます。導線、考えていたつもりでも、意外と考えてなかった。まだまだ改良の余地ありです。
 
 
 

塩加減、匙加減

 料理を作ることは苦ではないけれど、今ひとつツメが甘いな〜と思ったままほったらかしていたことに、「塩加減」がある。
 パスタをゆでるにしても、沸騰したお湯になんとなく塩を入れて茹でていた(すいません、、、)。
 そんなわたしにピッタリの本谷さんのこの本。

 「材料の分量に対して、適量の塩を知る」のは基本ということで、今日の昼食にパスタをゆでたとき、パスタの分量・水の量・塩の量もすべて量ってみた。正直、いつもよりも水が多く、その分塩の量も多くなって、びっくりした。パスタもいつもよりひきしまっていて、麺そのものがおいしいと感じられた。同じ人間の作ったものと思えなーい。炊き込みご飯も、鮭のムニエルも、レシピどおりに作ると、いつもより若干塩味を強く感じるけれど、やっぱり引き締まった味になる。
 塩加減って大事ですねー。
 ついでに、今保存食作るのにもハマっているので、塩を使う量がすごく増えている。
 夕食後、片付けたあとに、再び台所で保存食作りをはじめるので、年末並みに台所に立っているよー。食洗器が欲しいとつくづく思います。 

家事事始

 まだまだ昼間は暑いけれど、朝晩は過ごしやすくなってきたかな。夜はもう足先が冷たくて寒いので、布団にこんもりくるまって寝ています。なんか幸せ。タオルケット1枚だと物足りないかんじがするもの。
 
 日記書くの久しぶりです。書きたい気分がもどってきたので、ぼちぼち書いていこうかなと思ってます。ところで最近わたしがハマっているのは「家事」。当分、家事日記になると思うー。
 家事なんて誰でもやっていることかもしれないけれど、検定試験などがあるわけでもないから、自分の家事能力レベルがどのくらいか評価できないし、そんなこと考えたこともなかった。いきおい我流でやってきた。自分の性格もおもいっきり反映するよね。仕事が忙しいときなどはめちゃくちゃな手抜きもできてしまうし、がんばるときはがんばるし、なんというかムラがあった。
 基本的に家事はキライではなく、どっちかというと好き、でも我流でやりすぎているので客観視できないし、よく分からないことがあっても、まーいーかでウヤムヤにしてきた。この「好きなのでそこそこやるが、詰が甘くて中途半端なまま」というのが、まんま自分の性格を現しているのだな。器用貧乏というか・・・。それでもいいじゃん!という考え方もあるけど、今は、もうちょっとなんとかならんか?という気持ちのほうが強い。というわけで、家事日記つけていくことにします。
 家事は、基本として料理・掃除・収納・洗濯等々。ルーティン化すると合理化されて時間短縮はできるけれど、楽しさや驚きが薄れてしまう。家事の合理化は大切だけど、それだけではつまらないので、新しい方法もどんどん取り入れて、楽しみたいなーと思ってます。家事のおもしろいところは、すぐに実践できるところといくらでも試行錯誤できるところ。体と頭を使っているのを体感できるところじゃないかなーと思うのです。

『ルート225』

 作家の藤野千夜さん原作の小説を志村貴子さんがマンガ化。どっちも好きな作家なので、迷わず購入。
 絵柄や雰囲気は(あたりまえだけど)志村さん。どっかの姉と弟にそっくりで、気の強いお姉ちゃんとちょっとヘタレている弟がなんとなくオーバーラップするのが可笑しい。でもストーリーは、マンガというより小説の匂いがする。うまくいえないけど、短編小説を読んでいるようなかんじで、マンガを読んでいた。
 なんだかよくわからないままに、「いつもとちょっとだけ違う世界」に飛ばされてしまった姉弟が、元の世界にもどろうといろいろ挑戦してみるんだけど、どうもうまくいかなくて、「またちょっと違う世界」にいつのまにか紛れ込んでしまう。すごく怖いわけでもないんだけど、知っている世界が少しだけズレていて、その違和感に始終つきまとわれる。こういう些細な感覚のズレや違和感を表現するのって、志村さんはほんとにうまいなと思う。クオリティの高い小品だと思う。

山本ルンルン『宇宙の白鳥』

 山本ルンルン先生がだいすき。
 『マシュマロ通信』をだいぶ前にアニメでみてファンになったのだけど、今回は『宇宙の白鳥』(うちゅうのスワン)3巻を一気読み。
 しっかり者の星野コロナちゃんとマイペースな月島ランちゃんは、ふだんはフツーの小学生6年生の女の子だけど、実は「宇宙パトロール隊員」として日夜活躍しているとゆー設定。コロナちゃんやランちゃんの着ている洋服はどれもこれもすてきだし、宇宙パトロール隊員としては、まだまだ半人前なところも可愛すぎる。
 読むとマイナスイオン発生するかんじで、癒されるのです。


映画四方山

ひさびさの映画評。しかも重い・・・内容が・・・。
この映画みるために、十三(じゅうそう、と読む)の第七藝術劇場まで行った。十三というのはなかなかカラーのある街で、駅に降りたのははじめてだったりする。
 ちょっと昔は大阪にもいわゆるミニシアターがたくさんあったような気がするけれど、今はほんとに少なくなって、ここと九条のシネ・ヌーヴォぐらい? あ、今シネ・ヌーヴォでは、ファスビンダー特集ですか〜。ちょっと見たいかも。
 ちょっと見たいといえば、8月に第七藝術劇場で公開予定の『いまここにある風景』はちょっと見てみたいドキュメンタリー。写真家エドワード・バーティンスキーのマニュファクチャード・ランドスケープ「CHINA」がテーマになっているらしい。予告編の映像がとてもインパクトがあった。『不都合な真実』『ダーウィンの悪夢』系列らしいが。

靖国 YASUKUNI

2007年、日・中
監督:李纓


 この映画に描かれていた靖国をめぐるさまざまな声や感情のポリフォニーが、今の日本の一側面であることは間違いではないだろう。映像で見ると、さまざまな政治的パフォーマンスのその有象無象さと滑稽なまでの喧騒は、強烈なインパクトをもっていた。
 ただ、映画を見つづけているうちにわたし自身はとても冷めてしまって、自分は靖国にも象徴としての刀にも一片の感傷も愛着ももっていないのだなと思わざるをえなかった。靖国問題が心情的な同調や反発を引き起こしやすいテーマであることは分かってはいるし、映画もそうした側面を描いているのだろうけれど、問題の本質に切り込んだ作品といえるかどうかは微妙だと思った。
 映画のなかでも出てきたが、当時物議をかもした小泉前首相の靖国参拝も、20世紀末以降、とくに9・11事件以降のアメリカの世界戦略の軍事的再編成に唯々諾々と従った前首相の、国内向けパフォーマンスにすぎないとわたしは思っている。靖国が戦前日本の軍国主義の象徴的中枢であったとしても、戦前のような軍事的独立性をもたない戦後日本の現実においては、同じ機能を果たしているとは思えない。しいていうならば、ねじれた現実のなかで、ある種の人々のプライドを慰撫する装置であり、同時に排外的な扇動を誘発する装置といった役割だろうか。映画がこの政治的モニュメントの屈折した側面にまで切り込んでいるとは、あまり思えなかった。
 かといって、監督の中国人としての視点がどこまで反映されているのかも判然としないものがあった。刀匠と映画監督のあいだのディスコミュニケーションぶりは、恣意的な編集なのか、実際に延々そうだったのか知るよしもない。それが抑制が効いているとしてよかったとみるのか、不明瞭だと批判するのかは意見が分かれるところかもしれないが。
 余談になるが、映画は今年の四月ごろにとても話題になったものだから、見ておこうという友人にずっと誘われていて、先日やっと見に行く機会をえた。レディースディの映画館は女性客が圧倒的に多いのが普通だと思っていたけれど、この映画に関しては客層に年配の方々(60~70代)がとても多かった。幼少のころに戦後民主主義の洗礼を受けた世代なのか、それとも戦前の大日本帝国に愛着をもっている世代なのか? 年代的には前者のような気もするが、どっちなのかは分からない。この映画は世代によって感想がずいぶん異なるのだろうな、という気がした。
(12. jul. 2008)

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夏のお買い物

 夏物バーゲンでお買い物をする。まだはじまったばかりか3割引くらいだったのがちょっと残念だけど、それでも新しい洋服を買うときってほんとにワクワクする。
 はやりのチュニックも欲しいけれど、背がひくいのであまり丈の長いのはどうかなあと思っていて、腰くらいまでの短めのチュニック(っていうのか?)にした。仕事着にも着れるようにと、あまりカジュアルすぎないもので。パンツ、ジーンズ、タイトなかんじのスカートなんでもOK!なので使いやすそう。 
 それから試着しているうちに欲しくなってしまったシャツとスカート。
 シャツは思いっきり紫色で、同色のリボンと透明なボタンがアクセントになっている。それから、そでの部分がパフスリーブになっている。腕がトリガラ的に細くて、半そでやノースリーブはほとんど着ないわたしでも気にせずに着れそう。腰のところで締めるデザインなので、全体的にフンワリしたかんじ。デザインは甘めだけれど、濃い紫なので可愛らしすぎることはないはず。帰宅してから、もっている服いろいろ出してきて一人ファッションショーをするのだけれど(←とても楽しい時間です♪)、この紫のシャツはすごく合わせやすい。買ってよかった。でもファッションショーしてて思ったけど、わたし赤紫、薄紫、青紫と、紫系のシャツ多すぎだわ・・・。
 あとの一枚はベージュのスカート。たてに3つ並んだボタンがアクセントになって、巻きスカート風になっている。もちあわせていない色だし、秋口までは着れそう。
 ついでに雨傘も購入した。もっていた傘の骨が曲がってしまい、使えないことはないけれど持っていても楽しくない、という状態が続いていたので、もう買い換えることにした。雨傘はあまり使わないけれど、あまり使わないからこそ、無難なものよりちょっと派手で楽しくなるようなデザインのものにした。抹茶色の生地に葉っぱの模様がデフォルメされて描かれているもの。でも買ったはいいけど梅雨おわり? なんか夏の日差しになっているよねえ?

林檎の蜂蜜

 心斎橋に出たら寄ってみる東北地方のアンテナショップ。今回は林檎の蜂蜜を買ってみた。藤原養蜂場の蜂蜜です。
 イメージがとても淡いのに、味は意外と濃厚でたくましいのだという。そのギャップを味わいたくて、ワクワクしながら封を切る。
 一口目ってとても印象に残るものだけれど、かすかに林檎の酸味ある香りが喉の奥にまで広がってきて、ほんとに林檎の蜂蜜なんだとうれしくなった。焼き林檎とも相性がいいのだという。普通にヨーグルトに混ぜて食べているけれど、焼き林檎も食べたくなるなあ。
 藤原養蜂場の蜂蜜は、ほかにも栃の花とか藤の花、イタドリ、きんかん、栗、萩、枇杷、菩提樹、たんぽぽの花でも作っているらしく、どんな香りがするんだろうと説明書読んでるだけでうっとりしてしまう。
 蜂蜜はここのところ、外国産のものばかり買っていた。でも国産でいいもの見つかったなら、そっちにも目を向けたい。
 昔イタリアに旅行したとき、修道院で作っているという蜂蜜があまりに濃厚な味わいで、蜂蜜の概念がひっくりかえったことがある。国産の蜂蜜はレンゲやアカシアが多くて、さっぱりとしてクセのないものが多いから、ちょっと物足りない。最近はスイス産の野草の蜂蜜というのを買っていた。コクがあってクセの強いほうがおもしろいなあと思ってしまう。でもいろんな花の蜂蜜を国産で廉価で味わえるのなら、それにこしたことはないよね。
 ちなみに、林檎の蜂蜜はすぐに固まってしまう。冬でもないのに。そういやロシア産の菩提樹の蜂蜜も、すぐに固まって大変だったなあ。